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ある日、臨界点を超えた時に、人は急激に離れていってしまうのだ。
「ユニクロ」の急激な失速、「スターバックス」の赤字転落といった現象を見ていると、改めて、ファッション化した商材の拡大戦略の難しさを感じる。
グローバルで綿密なマーケティング戦略に基づいて上陸してきた海外ブランドについても同様だ。
「主要エリアに同規模のメガストアを出し、○○年度には、グローバルにおける日本のシェアを○割アップさせる」。
各社CEOのコメントを聞いていると、判で押したように同じ戦略を語っている。
いずれの場合も、いかに「単体としての顔」を、世の中に対してアピールして定着させ、その後、一気に広めていくかに凌ぎが削られるーーーあたかもそれが、利益獲得の方程式であるかのようだ。
ところが、Bが続けてきたのは、どちらかというと、その逆を行く戦法だ。
メンスカジュアルの土台となっている「B」、インターナショナルな視点でインポート商品を集めた「インターナショナルギャラリーB」、マニアックに洋服が好きな人のための「B・E」など。
レディスカジュアルでは、土台となっている「レイB」始め、大人の女性のためのカジュアルである「ラピスB」、尖ったデザイナー商品を集めた「ルミエールB」、男の子のようなスタイルを提案する「Bボーイ」など。
実に多種多様な顔が、ラインナップされているのだ。
よく比較対照されるシップスやユナイテッドアローズも、確かにいくつかの業態を出してはいるか、Bはその比ではない。
前述した合理・効率化の観点からいけば、はなから否定される手法なのだ。
多面体であり続けるにはまたそれは、大手アパレルがよくとっている多ブランド展開とも異なる。
アパレルでは、ターゲットの年代区分によって、ブランド展開を進めるケースが圧倒的に多い。
二〇代OL向け、三〇代キャリア向け、四〇代ミセス向けといった区分だ。
ターゲット層をいくつか持つことによって、百貨店では複数フロアにわたって売り場を確保できる。
また、ヤング向けブランドで獲得した顧客を、上年代のブランドに引き上げることも可能という考えからだ。
しかし、前述したように、年代だけで市場を区分することは、もはや難しくなっているのだ。
既存のやり方の延長線ではない、テイストや過ごし方に基づいたブランドや売り場開発こそが、求められているのだ。
たとえば私は、伊勢丹新宿店の四階にある「リースタイル」をよく利用する。
これは、伊勢丹の自主編集売り場で、従来の世代や年代という区分を超えた品揃えがなされている。
ヤング売り場ではちょっと物足りない、かと言ってミセス売り場ではおもしろくない、そういった気分を満たしてくれるような「旬」の商品が、セレクトされて並んでいるのだ。
ともすると、同じブランドばかりが並んで画一的に見えてしまう百貨店という業態において、「リースタイル」や「B・P・Q・C」など、独自の編集売り場を開設している点では、やはり伊勢丹新宿店は抜きん出ている。
メンス館を大々的にリニューアルしたことでも、業界内外に向け、「らしさ」を強烈にアピールした。
多面体とまではいかないが、他にはない「個」としての顔が見える百貨店と言えるだろう。
Bは、前述したように、年代や世代で区分した業態ではない点が特徴だ。
しかもコンセプトが異なる業態をいくっも持っている多面体なのだ。
そして、出店する場所によって、「Bレコーズ」と「Bモダンリピンク」をコーナー展開する。
「レイB」と「ルミエールB」を一緒にしてみる。
そういったパズルのような組み合わせを試みている。
結果、「単体としての顔=平面体」ではなく、「多様な顔=多面体」が形成されてきた。
平面体は、時代の変化への対応力が必ずしも強くない。
時代の流れが平面に添っている時は面をどんどん広げることができる。
しかし、角度を変えた時には細かい対応ができずに平面から遊離してしまうのだ。
対して多面体は、時代の変化への適合力が強い。
市場の流れが変わる前に、サイコロのように回転して、異なる面で対応することができる。
場所や場合によって、多面体のどこを拡大してどこを縮小すればいいかを、操作することも可能だ。
「紅虎鮫子房」などで有名な際コーポレーションの代表取締役である中島武氏にお話をうかがったことがある。
際コーポレーションも、和洋中華にわたる多種多様な業態を展開し、しかもひとつところに留まらずに増殖を続けている。
中島は、「同じ店を全国展開するようなビジネスはつまらない。
いつも、新しい趣味嗜好を表現していきたい」と語っていた。
これも、「多様な顔=多面体」の考え方を持った店舗展開と言えるだろう。
多面的で柔軟な構造体であることは、Bを語る上で、筆頭に挙げられる特徴だ。
これによってBは、時代の荒波を越えてきたのだ。
歴史が重なるとともに、面の数は増え続け、今や二〇近くに及ぶ面を持つようになった。
母体が大きくなっても、ある程度までは、多面体の転がり具合は軽やかたった。
コ○○人いればー〇〇のBがあっていい」というSのポリシーは、確実に成果となって表れていった○つまり、Bには、尖った小さな面もあれば、平板で広い面もある。
実験的な試みや濃いイメージを打ち出す面と、多少濃度が落ちても着実に売上をはじき出す面がある。
時代の転換期で凸凹が激しかった九〇年代という道程を、多面体は転がり続けながら、見事にくぐり抜けてきた。
しかし、ここへきて、多面体は面が多過ぎて、全体として丸くなってはいないか。
つまり、尖った部分が減ってきてはいないのか。
あるいは、ある一部の面が大きくなり過ぎて、時代の凸凹にうまくはまらなくなっているのではないか。
Bは、多面体の面積と数を見直すべき時期を迎えている。
時代のベクトルは変わってきた前述したように、八〇年代の終わり頃からファッションのカジュアル化は急速に進んだ。
スーツやドレスをきちんと着るというより、Tシャツとスエットパンツ、Gシャンとショートパンツなど、ラフに組み合わせて着る。
非日常的な装いよりは日常的な装いが主流になったのである。
こういったファッションのカジュアル化は、ライフスタイルの変化と密接に結びついている。
生活のなかでも、非日常的な「ハレ」の場面よりは、くつろいで過ごす日常的な「ケ」の場面が重視されるようになってきた。
たとえば、生活空間への関心の高まりもそのひとつだ。
日本は生活空間が狭いこともあって、インテリアは長い間、「遅れてきた領域」と言われてきた。
団塊世代はアメリカのモダンな生活空間に憧れたし、ハナコ世代はカフェバーやホテルのような斬新で豪華な空間を楽しんだ。
いずれも基本的には、西洋の生活空間への憧れを抱きながら、不思議な和洋折衷感覚に甘んじてきたというのが実態だ。
それが、団塊ジュニア世代が若者市場に参入し始めた九〇年代初頭から、少し様相が変わってきた。
生まれた時から、ある程度豊かな生活を送ってきた彼らにとって、欧米はもはや遠い憧れではなくなっている。
日本のキモノもアジアの雑貨も、同等に魅力的な存在なのだ。
新しいものと古いもの、世界中のさまざまな国のもの、ブランドものと手作りもの、それらを自由自在に組み合わせ、「お気に入りの空間」を作ることに長けている。
買取を企業内に浸透させるツールや買取も多数登場。
買取の発展性を考えてみました。地域資源を活用した買取です。
買取の正体が明らかになります。買取があればかなり良いところまでいけそうです。
